--/--/--.--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告
2009/10/29.Thu

1日の4分の1をDVDに捧ぐ日

DVDを3本見ました。

全て、阪神淡路大震災関連

その中で、びっくりしたのが、

1995年神戸・ある町避難所の記録
「すきなんや この町が」英語版
1996年ドキュメントアイズビデオ作品 115分

震災直後の実際の映像が、こんな風に残っているなんて、ふつうにすごいと思う。
避難所の人々の心境を映像で、残す。
すごいことだと思う。いつ、誰が、どのように、映像に残すという判断をしたのだろうか?

自分は、震災の経験をしたことがないから、どういうものか実際にわからない。

けど、避難所での助け合い、またno privacy の中での生活など、
どのようなものなのかイメージが少しはわいた。


なんか、メモを取りながら、映像を見たけど、どう表現していいのかわからない。

一言で、感想を述べるのは、失礼に当たるかもしれない。

述べるとすると、

「勇気がでた」

こう感じた。



映像資料として、実際に起こったことが残るということ。
なんか、それをすごく意識させられたように思う。
今後も、映像資料というものをいろいろと見ていこう。









スポンサーサイト
動画 思いつくまま | Comments(0) | Trackback(0)
2009/10/22.Thu

忘れられた核実験の島で

アジア人間街道 「忘れられた核実験の島で」 マーシャル諸島共和国

2001年11月18日に、NHKで放映された番組。

そのDVDを頂くことができたので、早速、視聴。

ウィキペディアで調べると。
マーシャル諸島共和国


人口は、6万人ちょい
人口密度は、326人平方キロ
(人口密度は、日本とほぼ変わらない。)
太平洋の真珠


DVDによると、
マーシャル諸島は、1946年から1958年までの13年間、アメリカによる核の実験場であった。
ビキニ環礁なんていう名前は、日本の教科書にもしっかりと書かれている。
(自分の持っていた教科書には書かれていた)

それにも関わらず、マーシャルの教科書には書かれていない。
それに、首都マジュルの人々も、核実験については、あまり話そうとはしない、また、記憶に残っていない。(映像により)

核実験による核の灰により。首都のマジュルから800KM離れたところに位置するロンゲラップ島では、島民全員が、その島から移住をせざる得なくなった。また、多くの人々が、核による放射能の影響で死亡し、また多くの人に後遺症が残った。




ここからは自分の思い。

なんか、すごい日本とは違うなと思った。
日本で、ヒロシマ、ナガサキのカタカナ表記で、意味が通じるものがあるぐらいなのに。

距離だけを考えると、首都から800KMというと、東京から広島までの距離。
(マーシャルの場合は、海が隔てているから単純に同じとは言えないけど。)


この映像では、核の問題が、重要なテーマだとはすごく思う。

けど、島の歴史が、歴史に残らないって、どういうことなんだろうってことも重要なことだと思うし、考えてみたい。
正直、現在の世の中で、歴史が残こらないことなんて、今まで、あんまり考えたことがなかった。
近代、現代のことは、全て将来の歴史に語り継がれていくと思っていた。(その中で、歴史的意義において、重要ではないと考えられることは、すこしずつ歴史から消えていくとは思うけど)

けど、マーシャル諸島共和国で起こった、核の被害のことが、
マーシャル諸島の国民に、ほとんど伝わっていないし、大学でも取り上げられることが少ない。(現在まではなかったとのこと)大学の教官は、最近になり、外国の教材を頼りに、このテーマを取り上げ始めたとのこと。

歴史と向き合うことってなんなのであろうか?
歴史と向き合うことで、なにか不利益を被ることがあるかもしれない。
逆に、利益を享受することがあるかもしれない。

歴史とは、利益、不利益の問題ではなく、人間の活動そのものであるから、それに向き合わずにはいられないもの。(当たり前のことなのかもしれない)
歴史って、表現の仕方で、解釈が変わる。(人間が記したものであるから)

歴史とは、事実なのか?
それもよくわからないなって感じてきた。

あかん。頭が混乱する。

歴史について、注意して、意識して、今後も考えることが必要。改めて感じた。
動画 思いつくまま | Comments(2) | Trackback(0)
 | HOME | 

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。